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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)67号 判決

控訴人 原告・反訴被告 松本太兵衛

訴訟代理人 長井清水

被控訴人 被告・反訴原告 吉田長子

訴訟代理人 松原正交 外一名

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人勝訴の部分を除きその他を取消す。

東京都台東区上野町一丁目八番地の三宅地の内二十二坪三合四勺について被控訴人が借地権を有しないことを確定する被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実並びに法律上の主張は原判決の三枚目裏十行目に被控訴人の陳述として「同年十二月三十日」とあるのを「同年十一月三十日」と訂正する外結局原判決の事実摘示と同一に帰するから之を引用する。

証拠として、控訴代理人は甲第一乃至第八号証を提出し、当審証人吉田治雄、松本宗三郎、高橋芳太郎の各証言を援用し、乙第一、二号証、第九号証の一乃至三は不知と述べ、その他の乙号証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一乃至第八号証、第九号証の一乃至三を提出し、当審証人西川賢藏の証言、原審並に当審に於ける各被控訴本人訊問の結果を援用し、甲第三号証の成立は不知と述べ、その他の甲号証の成立を認め、第二号証、第五乃至第八号証を援用した。

理由

控訴人がその所有に属する東京都台東区上野町一丁目八番地の三宅地の内二十二坪三合四勺(以下本件土地と称する)を昭和十三年四月三十日訴外関西信託株式会社に信託し、昭和十六年四月一日会社合併により三和信託株式会社が信託関係を承継し、その後受託者は更に株式会社三和銀行東京支店信託部と変更せられたこと、昭和二十二年二月十日信託解除により控訴人がその所有権を取得し同月二十七日その旨の所有権移転登記がなされたことは孰れも当事者間に爭がない。而して当審証人西川賢藏の証言によつてその眞正に成立したことが認められる乙第一号証、当審証人高橋芳太郎の証言によつてその眞正に成立したことが認められる乙第二号証、成立に爭のない甲第五乃至第七号証、乙第七号証、当審における被控訴本人訊問の結果によりその眞正に成立したことを認め得べき乙第九号証の一乃至三、右石川賢藏、高橋芳太郎の各証言、原審並びに当審における各被控訴本人訊問の結果を綜合すれば、訴外西川与吉は数十年前の古くから控訴人より本件土地を建物所有の目的の下に賃借し地上に建物を所有して居たが信託によつて借地関係はその儘受託者に承継され株式会社三和銀行東京支店信託部(以下単に信託部と呼ぶ)が受託者として管理当時賃料は一ケ月金十九円八十二銭にて毎月末日払の定めであつたこと、与吉は昭和二十年一月二十九日死亡して賢藏が家督を相続し本件土地の賃貸借契約を承継し爾来賃料も賢藏が信託部に支払つて来たが、与吉の死亡による賢藏の家督相続の事実は賢藏から信託部に屈出でられなかつた為め信託部は之に気付かず帳簿上の賃借人名義は与吉の儘として取扱われていたこと、本件地上の建物は昭和二十年三月十日の空襲によつて燒失したこと、被控訴人は同年十一月三十日本件土地の借地権を賢藏から信託部の承諾を受けて譲り受け、信託部は帳簿上の賃借人与吉名義を直接被控訴人名義に変更したこと、被控訴人は同年十二月中本件土地の昭和二十年十二月分以降昭和二十一年十一月分迄の一ケ年の賃料合計金二百三十七円八十四銭を信託部に対して郵送したところ、手続上の手違によつて他の口に入金となり手続是正の上漸く昭和二十一年四月一日受領せられたことを夫々認め得る。右認定を覆すに足る反証はない。次に被控訴人が賢藏から本件土地の借地権を譲り受けた際、新たに二十年乃至その他の賃貸借期間を約定したことは之を認むべき証拠がなく、却つて前認定に供した資料によれば被控訴人は賢藏から当時の残存期間の儘にて借地権を譲り受けたものと認められる。ところが当時の残存期間が如何程であつたかは本件に顕れた凡ての資料によるも確認し難いがその後昭和二十一年九月十五日から施行された罹災都市借地借家臨時処理法第十一条によれば同法施行の際現に罹災建物の敷地にある借地権の残存期間が十年未満のときはこれを十年とする旨定められてあるから、一応同条に従い本件借地権の期間も昭和三十一年九月十四日迄と認定するを相当とする。然るに被控訴人が譲り受けた本件借地権については登記なく、又本件地上に登記を経た建物を所有しないことはその争わざるところであるから、被控訴人は本件借地権を以て第三者に対抗し得ないことは明かであるが、控訴人がこの第三者に該るか否かを判断する。成立に爭のない甲第四号証(本件不動産信託契約証書)によれば控訴人と関西信託株式会社との間の信託契約に於ては、第六条に於いて受益者は委託者である控訴人とし、第九条に於いて受託者は信託財産の賃貸その他管理保全に関する一切の行為を為すものとす、但し賃貸料の決定変更訴訟行為その他重要なる事項にして受託者の必要と認めたものは委託者と協議の上之を為すことと定められて居たことが認められる。而して当審証人高橋芳太郎の証言によれば本件借地権譲渡当時は、戦後の混雑中であり控訴人の住所も判然しなかつたので、受託者たる信託部に於いては敢て控訴人の了解を必要とせざるものと認めて控訴人の了解なくして本件借地権の譲渡を承認したことが認められる。

而して右第九条の文言の表面上は借地人の変更について控訴人の承認を必要とする趣旨であつたか否かは多少不分明であるが、これ等疑問の場合の判定は一応受託者の裁量に任せ、その裁量の範囲内において受託者が控訴人の了解なくして為し得るものと判断して為した賃貸、管理、保全に関する一切の行為は元より信託の趣旨に適合するものとして後日敢て信託違反なりとして問責し得ない趣旨の約定であつたことは第九条全文の精神から認め得べきところであるから、本件借地権譲渡に於ける前記特種の事情により信託部が控訴人の了解なくして為し得るものと判断して為した本件借地権譲渡の承認は元より信託の趣旨に副つたもので何等これに違背したものではない。甲第八号証の記載内容中又当審証人松本宗三郎の証言中右認定に反する部分は採用しない。

惟うに信託は委託者が受託者に財産権の移転その他の処分をして受託者をして委託の目的に従つて財産の管理又は処分を為さしむるものであつて、財産権は完全に受託者に移転するものであつて委託者との内部関係に於いて権利が委託者に留保せられて居るものでなく、従つて信託解除の場合に信託財産が受益者その他の権利者に移転するのは信託財産が旧権利者に復帰するものでは元よりなく、新たに権利の移転が行われるものであつて、このことは委託者に権利が移転する場合と雖も、原則として委託者が受益者としての資格に於て新たに権利の移転を受けるものと解すべく、本件に於いては前記信託契約書第六条によれば控訴人は受益者たる資格において本件土地の所有権の移転を受けたものと認めるのを相当とする。然らばこのように新たに権利の移転を受けた受益者その他の権利者(本件に於ける控訴人も同様)は権利取得の点から見れば第三者ではないとは云えない。然しながら信託中受託者が信託の趣旨に従つて為した行為は有効であつて、信託財産の移転を受けた受益者その他の権利者は信託中受託者が為した行為を否定し得ざることは信託法全般の法理を貫く根本自明の観念であつて、このことは本件における控訴人の如くに委託者が受益者たる資格に於いて信託解除によつて信託財産の移転を受けた場合と雖も異るものではない。右は信託法第六十条に信託の解除は将来に向つてのみその効力を生ずる旨規定してあること並に第三十一条、第三十三条に信託の本旨に反した財産の処分は相手方又は転得者に故意又は重大な過失のあつた場合に限つて、然も取消原因のあつたことを知つてから一ケ月行為の時から一年以内の制限内に於いてのみ受益者に於いて取消し得る旨規定してあること等より明かである。従つて信託解除により信託財産の移転を受けた受益者その他の権利者は受託者が信託中為した管理処分の行為の効力を否定するを許されず、これ等の行為の効力が発生した儘の法律関係を信託解除の当時承継すべきものであり、仮に受託者が為した信託違反の管理、処分行為と雖も前段の制限の下に取消さない限り依然之が効果を甘受せざるを得ないものである。即ち信託解除により信託財産の移転を受けた受益者その他の権利者は受託者が信託中為した行為による権利変動に付ては元より第三者ではあるが、通常の取引における第三者とは異つて信託の本質から生ずる特異の法律上の立場に立つて之と異なる取扱を受くるは当然であつて、信託中受託者の為した行為によつて相手方が取得した権利についてはその対抗要件の欠缺を主張する正当の利益を有しないものと云わねばならない。

よつて信託部の為した本件借地権の譲渡に対する承認は控訴人に於いて信託解除により本件土地の所有権の移転を受けた際、この法律関係の附着した儘の状態に於いて、承継したものと認むべく、仮に一歩を譲り控訴人主張の如くに右承認に付て控訴人の了解を必要とし、これなくして行われた譲渡が信託違反であるとしても、前段説述のとおり当然無効であるのではなく、控訴人に於いて前記第三十一条、第三十三条の要件を具備する限り之を取消し得るに過ぎないものであるところ、控訴人は本件に於いて右承認行為について被控訴人が悪意であつたこと乃至重大な過失があつたこと並に右制限の期間内に取消の意思表示をしたことに付ては何等主張、立証をしない。(控訴人が昭和二十二年四月被控訴人に対し取消の意思表示をしたことを主張するも右は行為の後一年を経過して居るから効力はない)されば控訴人は結局孰れの点に於いても信託部の為した本件借地権の譲渡の承認行為に拘束せられ、これが対抗要件の備わらないことをも主張出来ない立場にある結果、被控訴人の取得した本件借地権の存在を否定出来ないものである。

尚控訴人の弟松本宗三郎が被控訴人から昭和二十二年三月中昭和二十一年十一月分以降昭和二十二年十二月分迄の賃料として合計金二百七十七円四十八銭を受取つたこと並に控訴人が同年十一月頃之を被控訴人へ返金したことは控訴人の認めるところであり、当審証人松本宗三郎の証言によれば控訴人は病身の為め弟宗三郎に於いて控訴人の所有土地を宛かも地主同様に全部を管理していたことが認められるから右事実と、このような金員を受取り且かく長期間留保して居たことは、控訴人に於いて暗黙に被控訴人の借地権を承認して居たものと認めるを妨げざるべく、又この点に控訴人の主張のように錯誤があつたことは之を肯認するに足る丈の証拠がない。当審証人松本宗三郎の証言中叙上各認定に反する部分は採用しない。然らば控訴人は一旦被控訴人の借地権を承認した以上この点に於ても最早後日その対抗要件の不存在を主張することは許されないものと云うべきである。

よつて控訴人の本訴借地権不存在確認の請求は理由がなく、被控訴人の反訴借地権存在確認の請求は期間の点は前段認定の限度に於て、その他は全部理由があるところ、当裁判所とその所見を一つにした原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺葆 裁判官 牛山要 裁判官 山田要治)

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